2014年10月4日土曜日

Ricardo Caballero 「ヘリコプタードロップ ~Fedから財務省への贈り物~」

Ricardo Caballero, “A helicopter drop for the Treasury”(VOX, August 30, 2010)

目下のところ(2010年現在)アメリカ経済は「流動性の罠」に陥りかけている可能性がある。中央銀行が財政刺激策(例えば、売上税の一時的な大幅減税)に必要な資金を直接賄う(新発国債を直接引き受ける)ようにすれば、「流動性の罠」の下でも金融政策は大きな効果を発揮する可能性がある。また、経済が「流動性の罠」から抜けた後の問題に対処するために、完全雇用が達成された暁には「ヘリコプタードロップ」を通じて財務省の手に渡った資金が再びFedのもとに返還されるようにあらかじめ取り決めておく――「ヘリコプタードロップ」に返還条件を設けておく――必要があるかもしれない。

景気の低迷が長引いており、この閉塞状況から抜け出せそうな気配はなかなか見られない。金融危機が経済システム全体に対して及ぼした大きなショックの影響がまだ完全には消え去っていないことを考えるとそれもやむを得ない面があるが、景気のさらなる落ち込みを防ぐ上でマクロ経済政策が果たすべき重要な役割はまだ残っている。とはいえ、Fedは資源には事欠いてはいないものの有効な手段を欠いており、その一方で財務省は有効な手段は手にしているものの資源に事欠いているというのが現状である。このような不幸な状況から抜け出すためにはFedから財務省に資源を移転すればよいとの結論を導き出すのはごく自然な発想だと言えるだろう。

しかしながら、事はそう簡単ではない。というのも、金融政策を改善するための努力の多くが強欲な政府から「中央銀行の独立性」を勝ち取ることに捧げられてきたという過去数十年にわたる長い歴史があるからである。しかしながら、いかなるシステムもそれが日々巻き起こる政策問題を前にして錨の役割を果たし得る(訳注;そのシステムの下で暮らす人々の生活に安定をもたらす)ためには免責条項を用意しておく必要がある。そして(免責条項が適用される)例外的な状況においては(おそらくは最初にして)最終的な発言権はFed議長に委ねられるべきであろう。

「量的緩和がまさしくそのような政策なのではないか?」との意見もあるかもしれないが、「ノー」である。国債(既発国債)の購入を通じた量的緩和は政府の資金調達コスト(国債の利回り)や民間部門が直面する資本コスト(長期資金の調達コスト)を若干ながらも低く抑える役割を果たしていることは確かである。しかしながら、次のような事情も考慮する必要がある。国債の発行は今もなお急速なペースで続いているだけでなく、そもそも財を購入するための十分な(消費)需要がなければ資本コストが少しばかり低く抑えられたところで大して助けとはならないのである。


公的債務を増やさずに減税を実現する方法

公的債務を増やすことなしに拡張的な財政政策(例えば、売上税の一時的な大幅減税)を可能とするような術こそが必要とされているのだ。そしてそのような術というのがFedから財務省に向けた「ヘリコプタードロップ」――Fedが財務省に捧げる(お金という名の)贈り物――なのである。

そんなのは会計上のごまかしに過ぎないとの批判の声があるかもしれない。政府と中央銀行をあわせた統合政府のレベルで考えると、統合政府のバランスシート上では依然として債務が計上されることに変わりはないではないか、というわけである。しかしながら、そのような批判は重要なポイントを見逃している。経済が「流動性の罠」に陥っている状況では貨幣需要が無限大の大きさになっているのだ。そういった状況で統合政府が抱える債務の構成(内訳)を「貨幣」(ないしは準備預金)の比重が増す方向へと変えれば、政府は一種の「フリーランチ」(ただ飯)を手に入れることができるのだ。

「「流動性の罠」に陥っている間であればそのようなロジックも妥当するかもしれないが、「流動性の罠」から抜けた後はどうなるのだ? 我々の手に負えない状況がやってくるのではないか?」との批判もあり得るだろう。経済が危機を乗り越えた暁にはFedが速やかにバランスシートの縮小に乗り出しさえすれば――Fedはこれまでにもそのような出口戦略の策定に取り組み続けているわけだが――そのような懸念にも対処することができるだろうが、それに加えて「ヘリコプタードロップ」に返還条件を設けておくという手もあるだろう。例えば、完全雇用が達成された暁には「ヘリコプタードロップ」を通じて財務省の手に渡った資金が再びFedのもとに返還されるようにあらかじめ取り決めておけばいいだろう。

景気低迷に対処する過程で(拡張的な財政政策を実行する結果として)巨額の財政赤字が発生する場合、通常であればそれに伴って市中で発行される国債の残高も増えることになり、公的債務の持続可能性が危うくなる恐れがある。しかしながら、返還条件付きの「ヘリコプタードロップ」を通じて拡張的な財政政策が実施される場合には景気低迷に対処する過程で市中における国債の残高が増えることもなく、それゆえ公的債務の持続可能性を巡る悪夢のようなシナリオを回避することが可能となる。また、返還条件付きの「ヘリコプタードロップ」を通じてFedが(完全雇用が達成されるまで)一時的に国債を直接引き受けることになれば、金融政策は財政政策に様変わりすることを通じて「流動性の罠」の下であっても大きな効果を発揮する可能性があるのだ。

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